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一里塚(いちりづか)
指定日 県指定文化財
昭和26.10.05
住所 高崎市上豊岡町133-1
現地の
案内版
一里塚とは、江戸時代に街道の両側に一里(約4km)ごろに築いた塚で、距離を知る道標ともいえる土盛りのことです。徳川家康は、慶長9(1604)年、子秀忠に命じて江戸日本橋を起点とする東海道と中山道、さらに北陸道の3街道に一里塚を築かせ、全国に広めさせました。
一里塚は5間(約9m)四方の盛り土をし、中央に榎を植えるのが一般的でした。街道を往来する旅人にとっては、行程の目安となるとともに、夏には木陰のあるよき休憩所にもなりました。
ここにある一里塚は、中仙道に設けられたもので江戸から28里(約112km)の距離にあります。南側のものは旧状をよくとどめ、塚の上にある推定樹齢200年を超えると思われる榎の大樹が歴史の重みを伝えています。北側のものは、道路拡幅により原位置を移動していますが、中仙道では唯一、両側の塚が残るものとして全国的にも大変貴重なものです。
一里塚
1.全景
一里塚
2.全景

石垣
3 .石垣


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